室町時代の小綱町からの贈り物

小綱町文化財保存会

〒634-0811奈良県橿原市小綱町

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涅槃図とは?
お釈迦様は、35歳でブッダガヤにて尼連禅河(にれんぜんが)のほとり、菩提樹の下で悟りを開いてから45年間、インド各地を行脚して仏法を説き広められ、80歳になって、生まれ故郷へ向かう途中で、波婆城(はばじょう)にて純陀という人(鍛冶工の子)が布施として差し上げた茸料理に中毒され、体調を崩され、拘尸那竭羅(クシナガラ)の跋提河(ばつだいが)のほとり、沙羅双樹のもとで入滅されました。釈尊の入滅を「涅槃に入る」といいます。お釈迦様は旧暦2月15日(新暦3月15日)の満月の日の真夜中に北枕でお顔を西に向けて入滅された。
死期の近づいたお釈迦様は、集まった弟子や信者に対して「私の説いた教えを守り、己を信じるように」と最後の法(おしえ)を説かれた。
その模様は「涅槃経」に記されており、それに基づいて画かれたのが「釈迦涅槃図」である。
お釈迦様は、涅槃( 死 )の為に8本の沙羅双樹の中を選ばれたのは、沙羅双樹にて仏の自在神力を示すためである。すなわち八本の沙羅双樹の内、4本はご説法が終わるとたちまちに枯れ、他の4本は青々と栄えた。これを四枯四栄という。世尊の色身(肉体)は涅槃に入りたまえど(四枯)、説かれし仏法は後世に残りて栄える(四栄)こという。
涅槃図 には お釈迦様 の涅槃 ( 死 ) を嘆き悲しむ大勢の弟子とともに、象や虎や孔雀など様々な 鳥獣 が描かれている。


全国的にも大変珍しい「猫入り涅槃図」


ところが昔から涅槃図に 猫 が描かれることはなく、“ 釈迦の使いである鼠を猫が食べたから ”とか , “猫は鼠にだまされて釈迦の涅槃 ( 死 ) に間に合わなかった“とか “ゆえに猫は干支にもいない“ とか “木に引っかかった薬袋をお釈迦様のためにネズミが取りにいこうとしたら、猫が邪魔をしたため、お釈迦様が薬を飲めずに亡くなられた“など諸説が伝えられている。
しかし、絵師が自分の飼い猫をそっと入れたり、依頼主が猫を入れてくれとお願いしたなどの理由によって、猫が描かれている涅槃図もあり、日本では十数例ほどしか確認されていないと言われている。ここ大日堂の涅槃図には左下に猫が描かれており、日本では大変珍しいものである。
この涅槃図は延享3年(1746)2月15日、今から約265年前に大和国十市郡豊田村(現在の橿原市豊田町)の吉村氏が寄進したと軸箱に記録されいる。
正蓮寺大日堂資料室でご拝観下さい。拝観申込
涅槃図の見方


お釈迦様は2月15日の満月の日に、インドのクシャーナガラの跋堤河のほとりの沙羅双樹の林の中で、頭を北向きに横たわり入滅(死亡)されたと言われてる。その様子を描いたものが「涅槃図」で、宗派を問わずお寺には備えられている。
2月15日の前後には仏教寺院では「涅槃会(ねはんえ)」というお釈迦様の入滅を痛む行事が行われ、「涅槃図」を本堂に懸けてお団子を供えて供養をする。


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お釈迦さまの急を聞いてかけつける摩耶夫人お釈迦様を産んで7日めに亡くなった摩耶夫人も、天上界から駆けつける 届かなかった薬袋
摩耶夫人が天上界から錦袋に起死回生の霊薬を持って天隆する際に沙羅双樹めがけて薬袋を投げ落としました。その薬袋をネズミが取りに行こうとしたらネコが邪魔をした。
白く変じた沙羅双樹
沙羅の木はお釈迦様が亡くなると、枝がおおうように上にかぶさり、葉が白く変わって、時ならぬ白い花が咲き、はらはらと散ったといわれています
嘆く弟子たち
おおぜいの弟子が取り囲んで嘆いています
横たわるお釈迦さま
沙羅双樹の林の中で、頭を北向きに西に顔を向けて横たわるお釈迦様。
川のほとり
インド・クシーナガラの跋提河沙羅双樹の林の中でお釈迦さまはお亡くなりになりました。
沢山の動物も集まって
動物も集まって来てお釈迦さまの死を悲しんでいます。
ねこがいた!
正蓮寺大日堂の涅槃図にはねこがいた!
OP
正蓮寺大日堂

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