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小綱町の伝統行事のホームページへようこそ

 小綱町の伝統行事
 「日本書紀」にも地名が記述されている古い歴史を有する小綱町には、多くの伝統行事があります。
入鹿神社関連の行事、廃寺になった普賢寺大日堂に関連する行事、奈良県内の三大荒神のひとつの荒神社に関連する行事、そして今は少なくなった「講」が今でも続けられている行事など古い伝統行事が残されています。
小綱町の主な伝統行事
 入鹿神社「年始祭」
毎年1月1日午前10時定例開催
◆入鹿神社「年始祭」
小綱町町民が揃って新年の無事と平安を祈願します
大とんど
毎年1月14日午後3時定例点火
 ◆大とんど 
古代から大きな火は不浄を清め、とんど焼きの炎が高く燃え上がるほどにご利益があるとされ、注連縄やお礼、書き初めの書などをたきあげて無病息災・五穀豊穣を願い、浄火を持ち帰って餅を焼いたり粥を炊く風習が小綱町にも残っていた。
小綱町内で住宅開発が進んで、現在では小綱池の堤で「大とんど」を行っている。
   
   
 お大師さん
毎年4月21日定例開催
 ◆お大師さん
廃寺普賢寺の宗派真言宗高野山派の開祖である弘法大師の御命日4月21日(旧暦3月21日)には正蓮寺大日堂内に安置されている弘法大師像の前で法要を行っています。
大師講は古くより地元の女性によって運営されており、お年寄りたちが、お大師さんと一緒に飲み食いをしながらおしゃべりをする、そんな楽しい集まりです。
今は少なくなった「大師講」が連綿と続いています。
昔は小綱町の「大師講」で開催されていましたが、平成26年より小綱町文化財保存会女性部の皆様が伝統を引き継いでお祀りしています。
       

 野神さん
毎年6月第一日曜日定例開催
◆野神さん 
野神さんの詳細は→
古くから小綱町では、農耕の守護神として田植え前の旧暦5月4日(新暦では6月4日)に豊作や農耕の無事を祈る「野神行事}(ノグチサン)が、上記の通り今は無くなった宮座(後に村座)という農村祭祀組織で運営されていた。
信仰の対象は野神塚(のうじんつか)の野神(のがみ)さんであり、野神塚は小綱町字室田137番地と138番地の合筆の田の南東隅、旧農道に沿った場所にある。
(小綱町の野神塚の位置参照
その野神塚にはヨノミの大木があり、その木の前で野神を祀っている。
野神塚(のうじんつか)には白い蛇が棲んでいるといい、見た者もあると聞く。
「昔蛇が出て田を荒らしたので、神に祈るから田を荒らさないで欲しい」というのが野神信仰の始まりと思われる。
小綱町自治会ではこの国の無形民俗文化財に指定されている「大和の野神行事」の一つであつ小綱町の「野神さん」を後世に残す為、平成29年より町内の子供向け行事としてリニューアルして復活した。 


 
 
2017年8月号
橿原市広報誌
 
20170615朝日新聞
 
20170615奈良テレビ

2019.6.11奈良新聞記事
 すももの荒神さん
毎年6月28日定例開催
◆すももの荒神さん(ゆかた祭り) 
奈良県内の三大荒神のひとつで、火難よけ、交通安全を願う祭りです。三宝大荒神と言い地元の人は親しみを込めて「荒神さん」と呼んでいます。
すももの実る頃に開催されるので「すももの荒神さん」とも呼ばれています。
歴史を辿れば元は「雨乞い神事」だった。
この日からゆかたを着ると厄払いになると言われて、「
ゆかた祭り」として開催しています。
ゆかたを着てきた子供(小学生以下)に先着200名に景品を用意しています。

午後5時より法要・雨天決行  場所 小綱町飛鳥川河畔「三寶大荒神社」

   

すももの荒神さん動画

20140702産経新聞 
 
2014年8月
橿原市広報誌

20150629讀賣新聞

20150630産経新聞

20180629毎日新聞 
 大日さん
毎年7月15日定例開催
 ◆大日さん     
大日堂のご本尊である大日如来の命日が7月15日であることから、毎年7月15日に夏の大祭として開催しています。地元の人は親しみを込めて「大日さん」と呼んでいます。
正蓮寺大日堂は明治時代に廃寺となり、それ以後一切の宗教行事は行われていませんが、「大日さん」は小綱町の長い歴史の中で伝統行事として残り、後世に伝わっています。
「大日如来」は、お大師様の「真言密教」での最高仏です。
太陽の光があらゆるものを平等に照らすように、この世のすべてのものを光で照らすのが「大日如来」です。大日如来のように、一人ひとりが他人を光で包む人間として生きられるようにお祈りします。 
御朱印特別揮毫
当日午後2時〜8時の間、入鹿神社・正蓮寺大日堂の朱印の特別揮毫を行います。

 
     
大日さん動画
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地蔵さん
毎年7月23日定例開催
◆地蔵さん
正蓮寺大日堂内に安置されている地蔵菩薩像の前で、地蔵を祭る「地蔵盆」を地元の女性によって運営されています。今は少なくなった「地蔵」が連綿と続いています。

地蔵菩薩は、大地が全ての命を育む力を蔵するように、苦悩の人々をその無限の大慈悲の心で包み込み、救う所から名付けられたとされ、一般的には「子供の守り神」として信じられています。
昔は小綱町の「地蔵講」で開催されていましたが、平成26年より小綱町文化財保存会女性部の皆様が伝統を引き継いでお祀りしています。


「子供の名入れの提灯」の奉納について
子供の健全な発育を願って子供の名入れの提灯の奉納を通年受け付けています。
1張3,000円
●「子供の名入れの提灯」奉納はmailでお問い合わせ下さい。
  

     
鈴虫の鳴く夕べ
毎年9月1日~30日定例開催 
秋の夕べのとばりの降りるころ、入鹿神社境内のあちこちから鈴虫の鳴き声が聞こえます。
大日堂やその周辺を夜間ライトアップしていますのでご家族揃って虫の音を聞きに起こし下さい。
秋の彼岸の前後は「猫入り涅槃図特別公開」も同時開催しています。

■令和3年「鈴虫の鳴く夕べ」の開催予定
 
日時:9月1日(日)〜9月30日(木) 時間指定はありません。
   夜間ライトアップしています。
場所:重要文化財正蓮寺大日堂 
朱印:記念朱印が必要な方はネットからお申込下さい。
詳細:後日HpやSNSでご案内します。

       
   
2019.9.19毎日新聞記事
 
猫入り涅槃図特別公開
毎年秋の彼岸の前後定例開催
正蓮寺大日堂に安置されている「猫入り涅槃図」は色あせを防ぐために普段は堂内にレプリカを展示しています。
但し、見学者からレプリカではなく本物を観たいとのご要望が多く毎年秋の彼岸の頃に本物の猫入り涅槃図を特別展示しています。
■令和3年「猫入り涅槃図特別公開」の開催予定 
日時:9月20日(祝・敬老の日)・9月23日(祝・秋分の日)
   9月25日(土)・9月26日(日)の午後5時〜8時
場所:重要文化財正蓮寺大日堂 
朱印:上記日時に会場で朱印の揮毫を行います。
詳細:後日HpやSNSでご案内します。

●猫入り涅槃図
     
2019.9.25毎日新聞記事
 
2019.9.24奈良新聞記事
 
2019.9.22読売新聞記事
 
2019.6.24奈良テレビ放映
 
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 ローソク1本
毎年10月第2土曜日夕刻定例開催

◆ローソク1本
いつ頃始まったかは不明だが、昭和の終わりころまで小綱町の氏子達が氏神の神事を行う「宮座」という行事があった。
宮座は当番制で、今年当番の家「本座」と昨年当番と務めた「送座」と、来年当番を迎える「迎座」の3名が、年間の神事全ての準備や運営に携わっていた。
10月の氏神様(入鹿神社)の大祭(秋祭り)の前に、座祭を開催して、氏神様(蘇我入鹿御神体)を入鹿神社本殿から神主の先頭で氏子全員が行列をなして本座の家に迎え、神事を行い、神事が終われば又神主の先導で氏子全員で御神体を入鹿神社本殿に収めた。
その氏神様の送り迎えは夜間暗くなってから行われ、氏子は提灯を掲げて夜道を送り迎えをした。
「ローソク1本」はこの座祭での氏神様の送り迎え時の提灯に掲げるろうそくを町民から集めることを目的に行われたが、後ほどには子供のお楽しみ行事として変形し開催されていた期間もあった。
最近まで秋祭りの前に小綱町町内を子ども達が太鼓を叩いて「ろうそく1本おくれんけ」と家々を廻る行事があったが、上記のように秋祭りの行事ではなく、宮座の座祭の関連行事として行われていた。
宮座が行われる座祭日には本座は、親戚を集め、氏子の最年長者(一老)と次最年長者(二老)をも招待して、お膳をつけて酒宴をはる習慣があった。祭壇には古くからの慣わしで生きた鯉と松茸を供え、祭典が終われば松茸は松茸ご飯として神事に参加した全員に振る舞われ、生きた鯉は生きたまま神社境内の堀に放たれた。
神事の服装は 本座・送座・迎座の3名が白装束で裃(かみしも)を着用するという正装で行われた。その3名が中心となって迎春準備の神社のしめなわや門松を付けたり、正月14日の大とんど、6月4日の野神祭、10月20日の座祭などの行事を営んでいた。
座祭が終わると迎座の人が御幣を捧持して自家に帰り床の間に泰安、一年間水・塩・洗い米を供えてお給仕をした。
「ローソク1本」は日本の古い慣わしの「ローソクもらい」が転じて小綱町では座祭の前に行われたと考えられる。火を灯して神様を敬う為の大切な準備。それが「ローソク1本」の真髄だったと思う。
ある意味アメリカのハロウィンと酷似している
   

       
 こども相撲
毎年10月第2土曜日夕刻定例開催
◆こども相撲相
入鹿神社の例祭の祭典の後に神賑行事として拝殿で子ども相撲が奉納されます。
入鹿神社の神様は神楽など奏すると神が嫌い必ず雨を降らせると言い伝えがあり、入鹿神社では今まで神楽を奏でたり、舞ったことはありません。その代わりに神様に喜んでいただく為に「子供相撲」を奉納しています。 

     
 秋祭り
毎年10月第2土・日曜日定例開催
◆入鹿神社「秋祭り」 
入鹿神社の例祭の祭典の神賑行事として町内一円に「だんじり」が練り歩きます。
小綱町の「だんじり」は橿原市内で10台しかないだんじりの内の1台で、精巧な彫り物が見事です。彫り物は源平合戦を現していると言われています。
*宵宮・・毎年10月第2土曜日定例開催
*本宮・・毎年10月第2日曜日定例開催
入鹿神社「秋祭り」の餅まき
本宮当日だんじりの上から餅まきを行っています。
 
   
   
だんじり動画
 
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 今では無くなっている伝統行事
 宮座
  宮座
小綱町にはかって、「宮座」という農村祭祀組織があった。
宮座の詳細は→
  康申さんと「お日待ち」
  康申さんと「お日待ち」
小綱町には「庚申」という講があり、「お日待ち」(夜を寝ないで過ごすこと)という行事が昭和の終わり頃まで連綿と続けられていた。
60日に一度の庚申の日に人間の体内にいるという三尸(さんし)虫※が、人間が寝ている間に天帝にその人間の悪事を報告しに行き、 早死にさせる(道教の教え)と言われているので、地域で庚申講とよばれる集まりをつくり、会場を決めて集団で庚申待ちが行われるようになった。

人々(主に男衆)が女性が作った手料理を持ち寄って夜通し眠らないで全員で飲食を共にしながら天帝や猿田彦や青面金剛を祀った。
一人では夜を過ごすことは難しいことから、眠らないように、顔にスミを塗ったり、胡椒をかけたり、太鼓を叩いたりしたという。またカフェインが入っている茶を飲んで眠らないようにしたともいう。
また「庚申様」は月のモノや出産の汚れを嫌うというので、女性は主に飯の準備や片付けが役目である
庚申塔(こうしんとう)は、庚申塚(こうしんづか)ともいい、中国より伝来した道教に由来する庚申信仰に基づいて建てられた石塔のことで、庚申講
3年18回続けた記念に建立されることが多い。庚申塔の建立が広く行われるようになるのは、江戸時代初期(寛永期以降)頃からである。明治時代になると、政府は庚申信仰を迷信と位置付けて街道筋に置かれたものを中心にその撤去を進めた。
さらに高度経済成長期以降に行われた街道の拡張整備工事によって残存した庚申塔のほとんどが撤去や移転されることになった。小綱町の庚申塔は恐らく街道筋に置かれていたものを街道の拡張整備工事等で入鹿神社境内のi入り口、大鳥居西に移転されたものと思われる。
現在、残存する庚申塔の多くは寺社の境内や私有地に移転されたものや、もともと交通量の少ない街道脇に置かれていたため開発による破壊を免れたものである。田舎町へ行くと、今でも道の交差している箇所や村落の入り口などに、「庚申尊天」と書かれた石柱を見ることができる。

 三尸(さんし)とは、道教に由来するとされる人間の体内にいる虫。
三虫(さんちゅう)ともいう。上尸・中尸・下尸の三種類で、上尸の虫は道士の姿、中尸の虫は獣の姿、下尸の虫は牛の頭に人の足の姿をしている。大きさはどれも2寸で、人間が生れ落ちるときから体内にいるとされる。

よく似た行事に「日待講」がある。
各戸持ち回りで当屋(とうや)をつとめ、お日待ち講の掛け軸(天照皇大神宮)をかけて庭先に祭壇を作り、御神酒、御飯をお供えし、みんなで太陽を拝し、五穀の豊作、家内、字内の無病息災を祈願した。
その後みんなで持ち寄ったご馳走でお酒を飲み、大いに賑わい、お互いの親睦を図り楽しい一時を過ごした。現在でもこの「お日待ち」さんを行っている地区も多い。

下段の「講とは?」地縁的祭祀集団参照
●隣町橿原市曽我町の「お日待ち」行事
●日待信仰

 小綱町の「講」
かっては小綱町には多くの「」が存在した。
」の詳細については下段に解説しています。
●時代の流れとともに今では開催されていない小綱町の「講」
庚申講,日待講,伊勢講・大峯講 ・尼講
(尼講とは浄土真宗正蓮寺檀家の夫人達の講で昭和初め頃に消滅した)
●小綱町文化財保存会に引き継がれている「講」
大師講・地蔵講
 
 「講」とは?
 「講」とは?
本来は仏教の講話を聞くために集る人々の集会を意味したが,やがて信仰とは無関係の同志的結社をも意味し,地縁的な組と並んで,村落社会や都市の伝統社会における結合の単位として機能するようになった。その種類,性質は各時代を通じて多岐にわたる。機能のうえから宗教的なものと経済的なものとに大別できる。 (1) 宗教的な講 これはさらに次のように細分できる。 (a) 村落のそれぞれの村組で行われる山の神講,田の神講,庚申講,日待講,月待講など,民俗宗教を母体とするもの。 (b) 特定の神社仏閣に参拝するためのいわゆる代参講で,伊勢講,金比羅講,秋葉講,高野講,善光寺講など。 (c) 年齢集団や性別集団による子供講,天神講 (若者組) ,念仏講 (老人組) ,観音講など,村の観音堂や地蔵堂,あるいは講中の家を宿にして行われるもの。 (d) 広義の氏神を中心に氏子集団が行う宮座講など。 (2) 経済的な講 これも (a) 頼母子 (たのもし) 講,無尽講など金融を目的とするものと,(b) 大工や左官など職人の組織するものの2つに大別される。 (a) は古く鎌倉時代から発達し,買入れる物品別に畳無尽,箪笥 (たんす) 講などと呼ばれ,また何を出資するかによって金頼母子,麦講などと呼ばれた。講元が規約などを定めて講員をつのり,希望者は一口または数口を引受けて講員となる。毎回抽選または入札によって給付を受ける者を決め,全員が給付を受けると終了する。この講が発達して相互銀行となった。 (b) にはきこりなどの組織する山の神講,木地屋の親王講,大工の太子講などがある。
仏教行事としての講  維摩講・最勝講・観音講・薬師講・法華八講・大師講・報恩講・舎利講 
地縁的祭祀集団  氏神講・えびす講・子安講・天神講・地蔵講・田の神講・山の神講・山の神講・地神講・水神講・海神講・庚申講日待講・月待講・十九夜講・巳待講・題目講・念仏講・大師講・太子講・荒神講・神農講・稲荷講  
参拝講  伊勢講・成田講・甲子講・秋葉講・三峯講・熊野講・金毘羅講・霧島講・大山講・出羽三山講・榛名講・戸隠講・富士講・御嶽講・津島講・稲荷講・不動講・観音講・大峯講
特殊なもの  富士講(浅間講)・御嶽講・法華講・妙観講・妙信講 
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