ようこそ、正蓮寺大日堂・入鹿神社ホームページへ

小綱町文化財保存会

〒634-0811奈良県橿原市小綱町

正蓮寺大日堂・入鹿神社  <公式ホームページ>    

室町時代の 小綱町からの贈り物    
 I'm sorry. This homepage is a thing of Japanese indication. In this homepage,a link is free 



このホームページについて
このホームページは小綱町文化財保存会が運営しています。
小綱町文化財保存会の活動の目的は、いにしえの先祖から引き継いだ貴重な文化財を後世に正しく伝承することを目的としており、所謂歴史研究会」ではありませんので、ホームページを閲覧いただく皆様や、文化財施設をご見学いただく皆様個々の歴史観にはお応え出来ませんことをご了承下さい。

■facebookでもご案内しています。   
正蓮寺大日堂 
大日如来坐像
 入鹿神社  
小綱町自治会       
●2016.8.23「宮座と野神さん」ページを追加しました。 クリックHERE   
●入鹿の首はどこに飛んだのか? 入鹿の首飛翔伝説    クリックHERE 
最新記事 
  ■入鹿神社境内や正蓮寺大日堂付近でのドローンの飛行禁止
昨年5月に長野市善光寺で、9月に姫路市の国宝姫路城大天守にドローンが衝突し文化財の損傷事項があり、国においては、航空法の一部改正が審議され、9月4日に国会で法案が成立し、航空法に定めるルールに違反した場合は50万円以下の罰金が科せられます。
先祖から引き継いだ文化財の損傷を防止するために、管理者たる小綱町自治会は入鹿神社境内でのドローンの操縦や飛行を禁止します。
http://www.pref.nara.jp/secure/148388/1510drone.pdf
正蓮寺大日堂及び大日如来座像は国の重要文化財。入鹿神社本殿は橿原市指定文化財に指定されており、小綱町自治会が管理しています。
http://dainichido.net/index.html
 
公式パンフレット 
正蓮寺大日堂・入鹿神社の公式パンフレットは、正蓮寺大日堂前と入鹿神社拝殿前に常に自由にお持ち帰りいただくように置いています。
ご見学前に事前に必要な方は右の写真をクリックてダウンロードして下さい。
 
入鹿神社パンフレット
1.5MB
正蓮寺大日堂パンフレット
1.46MB
2013.10.13
入鹿神社・正蓮寺大日堂整備完工記念落慶式典 が終了しました。




2013.10.13 雲一つ無い秋晴れの中を、22名のご来賓者をお迎えして「生まれ変わった入鹿神社・正蓮寺大日堂」で整備完工記念落慶式典が開催されました。
当日は奈良葛城楽所雅遊会の協力を得て、舞楽奉納やせんとくん登場や1500個の餅まきを行い、参加者には小綱町文化財保存会女性会員特製の「松茸飯」を振る舞いました。

  舞楽奉納写真集
落慶式典写真集
 

舞楽奉納

月間「Yomiっこ」に掲載されました。  
読売新聞購読者に配布される月間「Yomiっこ」に大日堂・入鹿神社が掲載されました。
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読売新聞の奈良県の購読者と一部奈良県近隣の購読者に配布される月間「Yomiっこ」最新刊(2012.12月号)「沿線さんぽ」欄に正蓮寺大日堂・入鹿神社が掲載されました。その他近隣の正蓮寺や小綱町内の美味い処が紹介されています。
◆「Yomiっこ」
「御湯」(みゆ)  
「御湯(みゆ)」湯立神事を20数年ぶりに復活しました。
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小綱町文化財保存会は古事記にも地名が登場する古い歴史を有する小綱町の伝統文化を正しく後世に伝承することを目的に活動しています。
この度平成24年10月13日・14日開催された入鹿神社例祭(秋祭り)において20数年途絶えていた「御湯(みゆ)湯立神事」を復活しました。
「御湯(みゆ)湯立神事」とは、神社の前で湯を炊いてその湯を参詣者に掛けて”無病息災”五穀豊穣”””家内安全”を祈願する神事です。
小綱町文化財保存会はこれからも伝統ある文化を復活出来るものは出来るだけ復活して正しく後世に伝承する事業を進めて参ります。
この「御湯(みゆ)湯立神事」は毎年10月第2土曜日午後5時に開催される入鹿神社の宵宮祭の前に開催されます。
ご見学にお越し下さい。

◆御湯(みゆ)
 
で表示方法を選択して下さい。
「蘇我入鹿公御舊跡」石碑について 
「御舊跡」で「御奮跡」ではありません。
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ではありません
最近、「蘇我入鹿さんのお墓が入鹿神社境内にあると聞いたので来ました」という見学者がありました。
internetでこの石碑を書いてあるページを探すと、3つほどの旅行記の中に確かに「御奮跡」と記載されて、あたかも蘇我入鹿の「お墓」があるように思えるページもありました。これは見学者が間違った記載ですので公式に訂正します。
入鹿神社境内には蘇我入鹿公の墓はありません。
「舊」「奮」と間違われています。
良く似通った字ですが意味は全く違います。
「御舊跡」は旧字体で現在では
「御旧跡」と書き、
「舊」「旧」の旧字体です。
「旧跡」とは歴史上の事件や事物のあった場所を意味します。
どなたかが「古墳」の墳(ふん)を勝手に「奮(ふん)」と解釈されたと思われます。
この石碑は小綱町内に2ヶ所建っています。
元々は1つしか立っていなかったのですが、30年程前に自動車事故でこの石碑を壊された方が自己弁償されて新しくもう一つを造られ、事故で壊れたものも修復されたので小綱町地内に2ヶ所立っています
◆「蘇我入鹿公御舊跡」石碑の場所◆

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地蔵さんを入鹿神社境内に移転しました。
古の時代から小綱町は我が国最初の国道ともいえる横大路太子道(筋違道)の交わる交通の要衝として、多くの人々の往来があり、それらの道は飛鳥の都へ向かう外国の使者や、豪族たちも通ったと思われます。
又、江戸時代には、伊勢参りが盛んとなり横大路は伊勢街道として栄え、街道沿いでは、食事や湯茶の接待などの「施行」を行ったとされています。
昔から街道筋には多くの地蔵さん等が祀られていました。
その後近代の道路整備等でそれらの地蔵さん等は移転を余儀なくされ他の場所で一箇所にまとめられていたのを
この度入鹿神社境内の弁天社の堀のほとりに移転しました。
地蔵さん以外にも金比羅さん等も含めて十二体の神仏を私達はこれからも鄭重にお祀りします
TOPICS  「龐蘊(ホウオン)居士と霊昭女掛け軸」と小綱いっかき 
 
龐蘊居士
 正蓮寺大日堂の資料室に老人が竹を編んでいる掛け軸と、竹の花かごを持った若い女性の掛け軸の一対がが常設展示されている。この掛け軸に描かれている老人は龐蘊(ほうおん)居士(?~808年)又は龐(ほう)居士とも呼ばれ、中国、唐の時代の湖南省の仏教者で、南宋禅の祖馬祖らに学ぶが、僧にはならず、在家のまま修業して一生を終え、その間に多くの禅者を尋ね歩き、その問答が伝灯に記録されている。龐蘊居士は、字は道玄といい、家は代々学者の家系であったが、龐蘊居士はそのような職業を煩わしく思い、襄陽(現在の湖北省襄樊市)に移り住み、そこで「竹ざる」を作って自分の娘に売りに行かせて生計をたてていた。この龐蘊居士の娘である霊照女も禅旨に通じて父龐蘊居士に劣らぬ禅学者であった。
この掛け軸は、かつて
小綱町は街道筋として随分商業も栄えたが、大勢のかご細工職も住みつき、高級竹ざる「小綱いっかき」の製造が最近まで盛んだったので、昔の竹細工職人が寄贈したものと思われる。入鹿神社本殿に入れてあったと言われている。
「龐蘊(ホウオン)居士と霊昭女掛け軸」は正蓮寺大日堂資料室に常設展示されていますので、見学ご希望の方はお申込下さい。見学申込 
 
霊照女
  TOPICS 「正蓮寺大日堂前の薬師如来」

正蓮寺大日堂前の薬師如来


室生山八十八ヶ所霊場
第六七番札所

室生山八十八ヶ所霊場
案内図
 
 
正蓮寺大日堂前の石仏を地蔵さんと思っている人が多いが、正しくは「薬師如来」である。
いつの時代につくられ、どのくらい盛んだったのか分からないが、昔「室生山八十八ケ所霊場」という霊場巡りがあって、明治の廃仏毀釈で真言宗普賢寺が廃寺になるまでは(現在、大日堂は浄土真宗正蓮寺が管理)普賢寺は室生山八十八ケ所霊場の第六十七番札所となっており、大日堂前の石仏はその名残である。
全国には今でも八十八ケ所霊場が沢山あり、一番有名なのが四国八十八ヶ所霊場で、四国の八十八ヵ所は弘法大師空海が道を求め山野を巡りて、修行を重ねられた足跡であり、人々は弘法大師の御誓願を中心に、そのご苦労の後を辿り、数々の悩みや苦しみ、願いを大師の恵みにあやかろうとして大師の足跡を巡る巡礼コースである。
しかしながら、四国を一周する霊場は遠くて距離も長いことから、各地で近くの弘法大師ゆかりの八十八ヶ所のお寺を、有名な四国遍路(四国八十八ヶ所)を模して各地に作られた。
御府内八十八ヶ所霊場(東京版お遍路コース)・小豆島八十八箇所霊場・秋穂八十八箇所霊場(山口県)・篠栗八十八カ所霊場(福岡県)・神島八十八ヶ所霊場(岡山県笠岡市)・関東八十八ヵ所霊場( 群馬県)・御室八十八ヶ所霊場(京都仁和寺)・九州八十八ヶ所霊場(九州全域)・知多四国八十八ヶ所霊場(愛知県知多半島)・北海道八十八ヶ所霊場(北海道全域)・· 佐渡八十八ケ所霊場(佐渡島)・ 伊賀四国八十八ヶ所霊場(三重県伊賀市・名張市)・大和北部八十八ヶ所霊場(奈良県)等々数え切れない程の八十八ヶ所霊場が各地で開設されている。
正蓮寺大日堂前の石仏「薬師如来」は、室生山八十八ヶ所霊場の第六十七番札所の名残で、本四国の八十八ヵ所霊場の第六十七番札所讃岐国(香川県)大興寺を模している。大興寺のご本尊は薬師如来を安置しており、正蓮寺大日堂前の石仏は「薬師如来」はその四国八十八ヶ所霊場第67番札所(大興寺)を模している。室生山八十八ヶ所霊場は奈良県宇陀市の「室生寺」からスタートし、一部名張市に入り、奈良県の寺社を回り「室生寺」に帰る巡礼コースであった。
          
 
TOPICS  正蓮寺大日堂の「涅槃図」にねこがいた!  
 

昔から涅槃図に 猫 が描かれることはなく、猫が描かれている涅槃図は、日本では十数例ほどしか確認されていないと言われています。大日堂の涅槃図には左下に猫が描かれているが、日本では大変珍しいものなのです。
正蓮寺大日堂資料室でご拝観下さい。拝観申込 
 
TOPICS  <胡粉塗 
 



平成23年度の大日堂の壁面の修理は文化庁の指導を受けて行いました。その中で大日堂の壁面の一部が板の上に胡粉塗をしている部分がありました。大日堂の建立当時の板材は大変貴重なもので左の葛飾北斎の「富岳三十六景」の遠江山中の浮世絵にあるように、当時は今のような製材機が無い時代で、一枚の板を作るのにのこぎりで引いてつくるしか方法が無い時代ですので、板は大変貴重なものでした。
その板に、その当時はペンキが無いので、「胡粉塗」と言う貝殻を粉にしたものを塗り重ねて塗装をしていました。
今回の平成の大修理でも文化庁の指導で大日堂の壁面の一部がこの「胡粉塗」で仕上げ、上の写真のように貝殻の粉を9度も塗り重ねてやわらかな白い色を醸し出しています.
修復工事が完了になった大日堂でご見学下さい。
 
TOPICS  <誕生仏花御堂 
  

 
誕生仏とは、誕生釈迦仏の略で、釈迦降誕の姿を表した像。釈迦は紀元前六世紀ないし五世紀の四月八日の朝、ルンビニー園の無憂樹の下で花をとろうとして右手をあげた母マーヤー夫人のわきの下から生まれ、七歩歩いて右手で天を、左手で地をさして獅子吼(ししく)したといわれ、この天地をさす姿を像にしたのが、一般に誕生仏と称されるものである。毎年四月八日の灌仏会(かんぶつえ)・仏生会(ぶっしょうえ)(花祭り)の本尊として灌仏盤の中心に安置し甘茶を注ぐのは、誕生のとき竜王が香水を供養したとの故事による。
灌仏会とは、四月八日の釈迦誕生を祝う仏教行事のことである。釈迦誕生のときの姿である、右手で天、左手で地を指して「天上天下唯我独尊」と唱える誕生仏の像を、花御堂(花で飾った小さなお堂中に置き、この像に甘茶をひしゃくですくってかける。信者の子どもたちが集まり、甘茶の接待のほか、献花や舞踊、合唱や稚児行列などの様々な行事も行われている。一般には、「花まつり」の名で仏教系の幼稚園などの年中行事になっており、俳句の季語としても広く親しまれている。
「誕生仏と花御堂」を正蓮寺大日堂資料室でご拝観下さい。
拝観申込 



















大日堂の四季
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